猿と三戸サツヱさんの講演録より
私は半世紀にわたり、辛島で野生の猿の観察をしてきました。
辛島は、宮崎県串間市の400mほど沖合にある、野生のニホンザルが生息する小さな島です。
愛したり憎んだりする感情は人間だけのものと思っていましたが、サルにも細かな感情があることを知りました。人間とあまりにもよく似た感情の表現に驚いたことが幾度もありました。
特に心に強く焼き付いているのは、死んだ子ザルを59日間も抱き続けた母ザル、乳がんで死期が近づいたことを悟った母ザルが死に場所を求めて群れから去る姿、そしてそれを心配し見送る子ザルたちの姿でした。
サルたちは、群れの老いたボスザル「カミナリ」が一時失踪し、失明し瀕死の状態で戻ってきたときも、変わらず群れのリーダーとして温かく迎えました。
カミナリがいなくなった2週間ボスの座について「セムシ」も、すぐにその座を老ボス・カミナリに譲り、敬いました。
それはまるで、長年のカミナリの苦労に報いているかのように見えました。
メスザルたちが、代わる代わるカミナリの毛づくろいをしました。老後を平和に送る、そんな幸せな老ボスを私は見送りました。
「動物の社会は力がすべて」と思っていた私にとって、とても大きな驚きと感動の経験でした。
サルの観察を通して、私は多くのことを教えられました。自然は時として人の命を奪う恐ろしい一面を持っているけれど、人の心をやさしく包み込む力を持っています。自然はまさに「物言わぬ教師」です。
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
三戸サツヱ(みとさつえ、1914年4月21日-2012年4月7日)は教師、研究者。小学校、中学校の教員をしながら、1948年から始まった京都大学の宮崎県串間市辛島(発音は本により、コウシマと、コージマがある)のサルの研究に加勢した。