「親学会親学のインストラクター」
私の子は本来の人間性をもっていると思いいかに接すればよいかと思い、親学会に入会し多少学んだ。
ある時、「子供に言ってはいけない言葉はありますか」と質問された。
親として、言葉をどう使うかより、言葉に伴う心の感情や本当に思っていることが、重要な意味をもつ。
何を言ったかよりも、どのような心でどのような感情で話すかがたいせつなことだと答えた。
どんなにキレイな言葉であっても、親である人の心の中にある思念が「あいうえお」の記号に乗って口から出てゆく。
親の都合のいい答えを求めているのか。子供は敏感に親の本心を見ぬいてしまう。
叱る、おこるなんて区別はどうでもいい。親の子に対する優しい思いがあればいい。
親の権限をふりかざして語ってはならない。どんな子も世界でひとり。
親の思うように育てようとしたら、反発し親が望まない方向にいってしまう。
どの子も、親に愛されたい。親のお役に立ちたい。ほめられたい、と思う。ダメダメ、お兄ちゃんと比べたら…。
できないこと、欠点をさがし、指摘されて人は成長しない。
親学推進協会に入会したのは、子が二十をすぎてからだった。
子育てには入会は遅すぎた。が人間の素は子どもであり、人材育成に役立つと思ってのことだった。
親を上司、子を部下と読みかえてみると、役に立つことばかりである。私は人を評価し裁くのがくせになっている。
百円のドーナツを買うのに穴を見て買うことはしない。
百円のドーナツに比べ人間は換金できない尊い存在人である。穴・欠点をあげつらう人間から卒業したいものだ。